youtube twitter_logo.png iTunes.jpg facebook-banner-rsz.png 我は海の子、カナヅチの: 語Lystの語らなけれ場ならぬ事

2014年08月20日

我は海の子、カナヅチの

話をはじめよう。
常識というものをサーフボードに例えてみる。
サーフィンにサーフボードは必要だ。そりゃ、当たり前だ。
人生を、ありきたりだが大海原に例えよう。
常識に乗るのはこの人生を渡る、または楽しむ手段のうちのひとつだ。


で、
君もサーフボード(常識)を使っている。
それを使う事を、周りのサーファーたちが強要してきたからだ。
教養という名で。

なぁ、でもよく考えてみろよ。
サーフボードだって人が作ったものだ。
そんなものなくたって、
君には手があり足がある。
そう、サーフボードがなくても
この海でもがくことが出来る。


ーーーーーーー


ま、常識がないと今の僕はここにないよ。
でも、常識がなければ違う僕がいたはずだよ。

で、ここまで来ちゃったんだ。
そして、サーフボードの歴史を知ってしまったんだ。

そのうえ、
まだ海をたゆとうている。

泳ぐもよし。
溺れるもよし。

海は広い。自由に楽しめ。
そういうことだ!


posted by 語Lyst at 00:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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